
遮光器土偶は青森県の亀ヶ岡で発掘された。制作年代は紀元前2000年〜500年とされているが
その姿の異様さから、突然変異的な出土品として扱われている。
しかしソ連のSF作家のカザンチェフが、気密服を着た宇宙人像ではないかと
発表して注目されている。宇宙人モデル説・・・遮光器土偶の頭上の環状のモノは
受信用アンテナで、大きな丸い目は風防レンズ、胸の部分の乳房上のモノは生命維持装置の
調整ダイヤルで、全身だぶだぶの服は宇宙服だといっている。同時代の他の地方のモノと
比べてもそのつくりや技術において群を抜いている。

そもそも日本人がどのようにしてやってきたのかもはっきりしていない。従来の歴史観によれば
日本の古代文化や国家形成は西日本を中心として行われ、それから東日本、東北地方に広がって
いったと考えられていた。しかし、この高精度な土偶像は西日本のどこにも当てはまらず
逆に、三内丸山遺跡の発見の調査結果などからも東日本から西日本に文化が
伝播していったとも考えられる。
兵庫県揖保郡の斑鳩寺に伝わる、聖徳太子の作と伝えられる地球儀。
そこには日本列島をはじめ、ユーラシア、アフリカ、南北アメリカ大陸ばかりか、
なんと南極大陸までが刻まれている。この地球儀、江戸時代にはすでに
存在していたことがわかっているが、当時はまだ、南極大陸は発見されていなかった。。

左上に日本がある アメリカと南アメリカ 南極大陸
他にも、聖徳太子の予言書と言われる、聖徳太子の死後600年後の南北朝期の出来事を
記述した本も伝えられていて、誕生前後の話がキリスト誕生と酷似しており
数々の逸話とともに日本の歴史上謎の多い人物。